「もっといい人が現れるかもしれない…」 「この商品を買った後で、もっと安くて良いものが見つかったらどうしよう…」
人生は決断の連続です。結婚相手、就職先、大きな買い物、あるいは今日のランチのお店選びまで。選択肢が多ければ多いほど、私たちは「損をしたくない」「最高の選択をしたい」と悩み、決断を先送りにしてしまいがちです。
そんな優柔不断な私たちに、数学がひとつの「最適解」を提示してくれていることをご存知でしょうか?
それが「ケプラーの再婚問題」(別名:秘書問題、37%ルール)です。
この記事では、17 世紀の天才天文学者も悩んだ「選択のジレンマ」を解決するための数学的アプローチと、それを現代の私たちの生活に役立てる具体的な方法をご紹介します。
1. ケプラーの再婚問題(秘書問題)とは?
「ケプラーの再婚問題」とは、一言で言えば「いつ決断すべきか(最適停止問題)」という問いに対する数学的な答えです。
名前の由来と歴史
この問題は、17 世紀に「惑星運動の法則」を発見した天文学者、ヨハネス・ケプラーのエピソードに由来します。 最初の妻を亡くしたケプラーは、再婚相手を探す際に 11 人もの候補者と面接し、誰を妻にすべきかひどく頭を悩ませました。彼は友人に宛てた手紙の中で、候補者たちの美徳や欠点、持参金の額などを詳細に比較し、苦悩する様を書き残しています。
現代では、この種の問題は数学(確率論)の分野で「秘書問題(Secretary Problem)」として定式化されています。「応募してくる秘書の中から、最も優秀な一人を採用するにはどうすればいいか?」というモデルです。
魔法の数字「36.8%」
数学者たちが導き出した答えは驚くほどシンプルです。
「全体の 36.8%(約 37%)は『見るだけ』にして、その後で一番いいものを即決せよ」
この 36.8% という数字は、$1/e$($e$ は自然対数の底=ネイピア数、約 2.718)から導き出されます。このルールに従うことで、最も優れた選択肢を選べる確率(勝率)を最大化できることが数学的に証明されているのです。
2. 実践!37%ルールの使い方
では、具体的にどのようにこのルールを使えばいいのでしょうか。アルゴリズムは以下の通りです。
- 【情報収集フェーズ】 候補全体の最初の 37% は、どんなに良いと思っても選択しません(見送ります)。ただし、その中での「暫定 1 位(ベスト)」を記憶しておきます。
- 【決断フェーズ】 37%を過ぎた後、「情報収集フェーズでの暫定 1 位」を上回る候補が現れた瞬間、その人(物)を選択します。
具体例:100 人とお見合いする場合
あなたが一生の間に 100 人の異性と出会うチャンスがあると仮定しましょう。
- 最初の37 人までは、どんなに素敵な人でも付き合ったり結婚したりせず、「世の中にはこんな人がいるのか」と基準を作るためのサンプルと考えます。
- この 37 人の中で「一番素敵だった人」を記憶します(例:A さん)。
- 38 人目以降で、A さんを超える逸材が現れたら、その場ですぐにプロポーズします。
これにより、100 人全員を見てから決めることができない状況(一度断ったら戻れない状況)でも、統計的に最も高い確率でベストなパートナーを選べると言われています。

3. 日常生活への応用例
結婚だけでなく、このルールは日々の様々な「迷い」に使えます。
🏠 家探しや賃貸物件選び
良い物件はすぐに埋まってしまうため、後戻りができません。 例えば、内見する件数を「10 件」と決めたとします。
- 最初の 3 件(約 37%) は、相場を知るための「捨て石」と考え、どんなに良くても契約しません。そこで「この広さでこの家賃なら最高」という基準を作ります。
- 4 件目以降で、その基準を超えた物件に出会ったら、迷わずその場で申し込み書を書きます。
🛍️ 買い物・ショッピング
Amazon で膨大な商品数に圧倒された時も有効です。 「レビュー順に上位 20 個を見る」と決めたら、最初の 7 個 程度は流し見して、「今のところこれが一番」という商品を決めます。8 個目以降でそれより良いスペックや価格のものがあれば、それをカートに入れます。だらだらと何ページも検索し続ける時間を節約できます。
🍽️ レストラン選び
旅先でお店を探す時。 「通りにあるお店を全部見てから決めよう」と思うと、空腹で歩き疲れてしまいます。 ある程度の範囲(例えば通り沿いの 10 軒など)を決めたら、最初の 3〜4 軒はメニューを見るだけにし、その後で「さっきの店よりいいな」と思った店に入りましょう。
4. 【重要】知っておくべき注意点とデメリット
この理論は強力ですが、現実世界ならではの落とし穴もあります。ここを理解していないと痛い目を見るかもしれません。
⚠️ 総数がわからないと使えない
「人生であと何人と出会えるか」は誰にもわかりません。分母($N$)がわからないと、37%がどこなのか計算できません。 この場合は、「期間」で区切るのが有効です。 「30 歳までに結婚する」なら、婚活期間を 3 年とし、最初の 1 年(約 33%)はいろんな人と会って基準を作り、2 年目からは決めにいく、といったアレンジが必要です。
⚠️ 最初の 37%に「最高」がいたら終わる
これが最大の弱点です。もし運悪く、最初の 37%の中に「人生最高のパートナー」が含まれてしまっていたらどうなるでしょう? ルール上はそれを見送ってしまい、その後、基準を超える人は二度と現れません。結果、最後まで誰も選べないか、最後の最後で妥協することになります。
⚠️ 「後戻りできない」前提のルール
秘書問題は「一度不採用にした人は二度と採用できない」という厳しいルールの下での最適解です。 現実には「やっぱり最初の人にお願いします」と言えば戻れる場合もあります。その場合、このルールほど厳格に初期候補を切り捨てる必要はありません。
5. まとめ:完璧を目指さず、納得を目指そう
ケプラーの再婚問題(37%ルール)は、優柔不断な私たちの背中を押してくれる強力なツールです。
- 最初の 3 分の 1 は「勉強期間」と割り切る。
- 基準ができたら、それを超えるものが出た瞬間に即断即決する。
もちろん、人間のパートナー選びや人生の決断には、数値化できない「直感」や「縁」も大切です。ケプラー自身も、多くの条件を比較した末に選んだ相手との結婚生活は、必ずしも計算通りにはいかなかったとも言われています。
完璧な正解を求めすぎて動けなくなるよりは、「数学的にもこれが正しい選択法なんだ」と自信を持って一歩を踏み出すために、この理論を使ってみてください。
そこにあるのは、迷いではなく「納得」のある心地よい決断のはずです。